ドイツ人AIエンジニアが語るAIの将来2/2
日本のビジネスパーソンにとっても、AIという言葉は徐々に浸透し、いまや聞き馴染んだものとなっています。また、GAFAM(Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoft)やBAT(Baidu, Alibaba, Tencent)といった米中の巨大AI企業のサービスを使っている方も多いことでしょう。
一方で、ヨーロッパのAI産業はいまどのような状況にあるのでしょうか。
特にドイツでは、2011年に連邦教育科学省が発したIndustrie4.0の掛け声とともに、製造業のDXに積極的に取り組んできました。2021年のドイツにおけるAIエンジニアのリアルな声は、日本のAIエンジニアのキャリアに参考になることも多いでしょう。
当団体ではドイツ在住のドイツ人AIエンジニアにインタビューを行い、ドイツにおけるAIの受け止められ方、AIエンジニアのキャリアについて語って頂きました。このコラムは2回に渡ってその様子をお伝えする、後編になります。前編では、ドイツ人AIエンジニアが語るAIの未来像についてを、後編では、ドイツ人の視点から見るAIエンジニアのキャリアについて語って頂きます。
インタビュー協力:マイクさん(仮名)
経歴:ベルリン工科大学にてMechanical EngeneeringのBAを修得後、ネットワークインフラ構築エンジニアとして企業勤務と並行してマネジメントのMAを修得する。その後、ベルリン工科大学に復帰し、人工知能のMAも修得、現在は地図・地形の3Dデータ取得し、AIにて分析する事業を展開中。
AIでキャリアを創るために必要なこと
---前編では、ドイツ人視点からみるAIの将来像、それがもたらす社会や研究、ビジネスの変化について語って頂きました。後編では、このようなAIについて正しく理解し、キャリアを作っていくためにはどうしたらよいかお聞きしたいと思います。AIを使いこなすには、どういった素養が必要だと考えますか?
マイク:
逆説的だが、AIを使いこなすには、AI以外のことをよく知っていることが必要だ。分野にとらわれない好奇心や思考が、AIエンジニアとしてAIを使いこなすうえでとても役に立つと思う。解決すべき問題が出現した際に、広い視座を持っていれば、ふと沸いたアイデアが解決の一助になることもあるんだ。
僕個人の話をすれば、大学に入るまでに興味がある分野は考古学や歴史学だった。未来のことを話そうとすれば、どうしても歴史の出来事がリンクしてくる。「人間の行動はすべて過去の繰り返し」とまでは言わないけど、やはり過去から学ぶべきことは多いんだ。大学ではエンジニアの道を選んだけれど、これにエンジニアだった祖父の影響が大きい。未来を形作るなら、何かを作り出せる人間になりたいと思ったからね。
大学卒業後、会社に所属して働き始めた後も、好奇心を業務内にとどまることはしなかった。僕は電話・電気・インターネット回線のインフラエンジニアだったけれど、会社では技術者もチームで仕事をするもの。それで、技術的な専門性だけでなく、人心掌握も大事だと感じて、マネジメントの勉強も並行して始めたんだ。これはその後のキャリア的な転機にもつながった。
AIだけの専門家では、多様な視座を持つことは難しいんだ。
---なるほど。AIの知識そのものはどのように獲得したのでしょうか?
マイク:
インフラエンジニアとして働いていた当時、ある地域のネットワークインフラの根本改修を進めていたんだけど、古いケーブルの処理や、埋設されたケーブルの場所の把握、新たなケーブルの敷設とターミナルの設置に関する細かな情報収集や改善点の立案、整備の順番や実行などで頭がいくらあっても足りない状況だった。
このとき、僕の兄が人工知能の話を持ってきてくれたんだ。「マイク、細々とした処理はコンピュータに任せて、もっと画期的なアイデアを出してみたらどうだ」と勧めてくれたのさ。頭の中に稲妻が走ったよ。時間を見つけては貪るように人工知能に関する論文や研究書にあたって、当時のAIの主流である基礎知識を身につけた。インフラ整備事業の方は、残念ながら途中で計画がストップしてしまったけれど、AIへの好奇心は衰えるどころかより大きなものとなり、再度、大学での研究を決意したんだ。
ベルリン工科大学に戻ってからは、AIとビッグデータを用いた地質研究に携わった。いくつかのプロジェクトで東南アジアにも渡ったよ。MA修得後は地形の3Dデータを構築する会社に入って、そこでAIを活用した高精度の3Dマップの制作に携わっている。
幅を狭めない関心が、AI開発に進歩をもたらす
---ありがとうございます。マイクさん自身も含め、バックグラウンドの多様さがAI開発を進歩させることについて、もう少し解説頂いてもいいでしょうか?
マイク:
AIを学ぼうとするのであれば、興味・関心は広ければ広いほうがいい。僕の経歴が、少し突飛なものを持っていることを差し引いてもね(笑)一見、AIと関わらないの無いことでも背景知識として獲得しておくことが重要なんだ。
なぜなら、AIとは単に数字の羅列ではなく、人間の感情や精神性をも機械に与えていく壮大なプロジェクトだからだ。無感情なAIでは、人間とのコミュニケーションにおいて破綻をきたしてしまう。近年、発展の目覚ましい自動応答機能なども、AIの力を単なる情報提示にとどめず、親身に話を聞くことのできるキャラクターに置いたから意味がある。
論理学・心理学・動物の営み・人間性・心理学・社会学・倫理学など、多くのバックグラウンドが関連してくる。他にも、「どういった役割を機械に割り振っていくのか」といった、倫理的なテーマも長い間議論されているね。AIの権限をどのように設計するかは、AI構築のスキルだけではわからない。倫理的な議論と知見が権限設計に影響するだろう。
それと、前編のインタビューで話したことにも関連するけど、異なる分野での協業がやりやすくなるのもAIが叶える未来の姿の一部だ。どんな経歴が将来に活かせるかはわからないし、様々な経験が将来につながっていくとも言える。興味や好奇心の方向性は閉ざさずに、アンテナは広く持っていくことを薦めるよ。
エキスパートの概念が変わる
---故スティーブ=ジョブス氏のスピーチにあった「点と点をつなげる」話にも似ていますね。では、そうした世界では専門家とはどのような存在になりますか?
マイク:
いままでエキスパートと呼ばれる人々は「専門家」としてその道に通じ、他の人間を啓蒙できる人間のことを指していたと思う。AIが一般的となった世界では、AIのはじき出した分析結果を効果的に使える人間へとエキスパートの概念が変わるのではないだろうか。
昨今、SNSなど限られた世界の限られた情報のみを鵜呑みにしている層が、選挙結果に影響を与えていることが多々報告されている。今後、AIによって受容されやすい・耳ざわりがいいと判断された情報のみが流れてくる世界では、AIを高度に用いる一部の人間に、多数派の人間が行動を操作されてしまうことにもなりかねないと思う。
このような世界においては、「エキスパート」は、より客観的に、冷静にAIのはじき出す答えを見つめることができる能力が求められるんだ。競合企業などに都合のよい情報流布に踊らされず、AIの分析結果を効果的に思考に使える人間がエキスパートとなる。このためには、様々な分野に精通し、複数の視座を獲得することが重要だ。学校での学びやそれ以外の体験を通じて、柔軟な人間性を養うことが肝要なんだ。
効率的な生活を追い求めた結果、自分たちの生活範囲や思考の範囲が狭まってしまっては、元も子もない。AIやAIを駆る一部の人間に支配されない知恵が必要なんだ。
Build a model
---マイクさんの話から、AIがただの生産性向上ツールととらえてはいけないことが強く伝わってきます。このように影響力のあるAIを学ぼうとする若者に、メッセージをお願いします。
マイク:
僕は、AIの影響力は核兵器にも匹敵すると考えている。ただ核兵器の場合は、使えば人類滅亡につながるとの恐れを世界が共有していたから、実際に使用されることはまれだったし、半ば作ることが目的と化していたよね。
一方で、AIは日常的に使われることが前提のものだ。すでに僕たちの日常でAIは使われ始めているし、結局人類は、いつも繁栄と滅亡の鍵を同時に持ちながら、危ない橋を渡り続けなければいけないのだと思う。
こうした過渡期の時代において、この影響力の大きなツールの研究を志向する貴方には、ぜひ「Build a model」にチャレンジしてほしい。将来の社会を具体的にイメージしながら、学問・研究にあたっていただきたい。一人一人のエンジニアの思いが、ポジティブな未来を叶えてくれるだろうと信じている。
---ありがとうございました。最後に、これからAIを学ぶ人に、ぜひ読んでもらいたい本などはございますか?
マイク:
Nick Bostrom氏のSuperintelligence: Paths, Dangers, Strategiesはまず読んでもらいたい文献かな。前編のインタビューでも答えたけど、AIがシンギュラリティをむかえるかではなく、AIがもたらすのはユートピアなのかディストピアなのか、そちらを考えることが重要なんだ。
インタビューを終えて
これからAIエンジニアを志す方に向けて、前編・後編にわたって、ドイツ人AIエンジニアの視点から、AIの将来とキャリアについて語って頂きました。
日本のAIエンジニアと話すと、プログラミングのテクニック論に話が行きがちで、AIによって社会や世界がどのように変化するのかまで、あまり関心がない方も多いように思います。マイクさんの話は、AIの意味や意義に主点を置いて語っておられたことが印象的で、こうした点も日本が「技術では勝てるが、ビジネスでは勝てない」と言われる所以の1つではなかろうかと感じました。
世界の意識は、エンジニアには限られた狭いフィールドではなく、より視座高く視野の広い意識で未来を展望することを期待しています。未来の人類の行く末は、現在のエンジニアの器量にかかっていると言っても過言ではありません。広い視野と力強い意志で、ぜひ研究・開発の道を切り開いていってください。