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2019年10月20日 技術情報

【ニュース解説】因果推論 – 2019年ノーベル経済学賞の何がすごいのか? –

人工知能のアプローチを経済学に

2019年のノーベル経済学賞受賞者が決まりました。経済学とAIに何の関係が?と思うかもしれませんが、彼らが「科学的経済政策」のために用いたアプローチは、AI構築においてもよく使う手法論でありました。

このニュースは、AI≒知性の数式的再現であり、AI構築に用いる手法論は多方面で有効活用できるスキルであることを改めて示したものであると思います。そこで彼らの手法論であるランダム化比較試験について少しみてきましょう。

2019年ノーベル経済学賞はMIT、ハーバード大学の教授に

2019年10月、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のアビジッド・バナジー教授(インド出身)、共同研究者であり妻である同エスター・デュフロ教授(フランス・パリ出身)、そしてマイケル・クレーマー米ハーバード大学教授(米国出身)がノーベル経済学賞を受賞しました。
3氏の受賞理由は、世界的な貧困の緩和を目指し、政策論にRCT(ランダム化比較試験)という現場主義のアプローチを利用したことにあります。ノーベル経済学賞と聞くとさぞ先端的な理論かと思いつつ、データサイエンティストにとってランダム化比較試験は特段珍しいものでもありません。拍子抜けした方も多かったのではないでしょうか。バナジー教授らの仕事は何がすごかったのでしょうか?

ランダム化比較試験とは

ランダム化比較試験とは、「実験対象をランダムに2つのグループに分け、Aという作業を実施するものとしないもので結果を比較すること」です。これによって、相関と因果を切り分けることができます。

どういうことかというと、例えばある製薬会社が新薬を開発し、100人に投与したところ病気の改善が見られたとします。この時点で新薬と病気改善の間の相関関係は示されましたが、「新薬を投薬したから」病気が改善したことの証明にはならないのではないでしょうか?例えば入院による健康的な食事が病気を改善したのかもしれませんし、たまたま自前の免疫力で治癒目前の方が集まっていたのかもしれないからです。

そしてこうした「ツッコミ」を回避するための方法がランダム化比較試験です。同じような特性をもつ人をランダムに2グループに分け、片方に新薬を、片方にプラセボ(偽薬)を投じて結果を比較したうえで、統計的に明らかに新薬を投じ他グループの病気が改善していたら、はじめて因果がなりたったと考えます。

やることも考え方もとてもシンプルなのですが、これを現実の問題にあてはめようとすると簡単にはいきません。もともとこの手法は がん治療薬の効果検証など疫学研究で用いられてきた手法であり、「医学」という人類共通の価値の為に、ある程度倫理的な問題を黙認して実験をしていたところもあります。
考えれば当然ですが、 患者の立場からすると「もし効果があるなら…」と藁にもすがる思いで実験への参加を決めています。それなのに、片方のグループは効果のないことがわかっている偽薬が投与されるわけです。実験上の理由から時間を無為に浪費させられていたと知った患者さんの絶望はいかほどか、と思います。

この倫理問題が現実の問題にランダム化比較試験を当てはめることの難しさです。例えば「タバコの健康への悪影響度合を調べたいから、あなたはこれから10年タバコを吸い続けてください」と人に命令できるわけがありません。もしも説得して協力者を得るとしても、その金銭的補償や労力を考えると莫大な予算が必要になってしまします。結果的に、偶然類似の環境が得られたケースを利用する(自然実験と言います)以外にあまり使い道がありませんでした。

ランダム化比較試験をどう使った?

ランダム化比較試験は因果関係を証明するための最もシンプルで最も強力なツールであるにも関わらず、あまりビジネスや社会問題領域では用いられてきていませんでした。しかし、因果を証明するための実効的な方法がランダム化比較試験以外にないのも事実で、現場のデータサイエンティストたちは役員や株主からの「因果を証明しろ!」という言葉に内心苛立ちを覚えつつ、沈黙し続けていたわけです。

こうした中で、バナジー教授、デュフロ教授らが設立したマサチューセッツ工科大学の貧困アクションラボ(J-PAL)は、「つべこべいわずに、大規模になってもいいから実験しろ!」というスタンスをとり、実際に様々な壁を乗り越えて実現させたということに凄みがあります
政治的流行に左右されやすい政策を、エビデンスに基づくものにする」という彼らの目標は明快で、特に貧困問題に注目して政策評価を実施しました。
事実、目的と効果の因果関係が疑われるバラマキ系の政策は多くありますが、実験の困難さから評論の域をでることができていませんでした。そうした「思い込みによる何となく良さそう」な政策にかける予算を排し、真に効果のある政策を導き出した功績は素晴らしいものがあると思います。

人類の役に立つということとは

こうした経緯を考えたとき、彼らがノーベル平和賞ではなく、経済学賞を受賞したということは意義深いことのように思います。
ランダム化比較試験は、新しい理論というわけでも難しい理論というわけでもありません。無論、実際にモデル化する際には様々なミソと工夫がありますが、その根本理論は世界の多くの人が知っていたものです。
しかし理論を理論で終わらせず、それを現実社会の課題解決に活かしたということが、経済学的にも評価されました。機械学習や統計、人工知能といった分野は、理論の構築もさることながら、どのような課題を解決するのかが重要ということが改めて示されたように思います。

新技術応用推進基盤の人工知能プロジェクトマネージャー試験では、目的設計や実現上の課題解決力も重視した試験としており、いままで「センスを磨け」と教育から除かれがちだった領域に光をあてています。
ノーベル経済学賞から日々の仕事に想いをはせて、私たちも進歩を続けたいですね。

それでは、また。

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