市場ニーズにこたえる R&D テーマをうむには
目次
なぜR&Dテーマの「うみの苦しみ」が増しているのか?
筆者が大手製造業の研究開発活動を支援するなかで、近年、部品や素材を研究開発する担当者から「以前は、最終製品メーカーから求められる性能を達成する部品・素材を研究開発していれば良かった。今は逆に技術の価値を提案することが求められ、これまでに経験したことがないことなので困っている」という声を聞くようになりました。
また、「経営から研究開発テーマの市場性についての“客観的評価”が求められるので、市場調査(想定している用途の市場成長性や競合調査)を実施したいがノウハウがない」という相談も増えてきており、「R&Dテーマが市場ニーズにこたえられているか」という問いに答えを提示する必要性は高まっていると感じています。
一方で、市場ニーズは、市場の地域的な広がり(国内だけでなく海外も)、製品ライフサイクル短縮化(市場の移り変わりがスピーディーに)、競合の増加(既存大手企業だけでなく新興企業も)、市場ルールの大きな変更(二酸化炭素排出量など規制への対応)から複雑性を増す一方であり、市場ニーズにこたえられるR&Dテーマをうみだすのはどの企業にとっても簡単なことではありません。本稿では、筆者の経験から研究開発テーマ策定担当者の「産みの苦しみ」を少しでも軽減できるヒントとなるようR&Dテーマ創出のプロセスを10のステップに整理し、市場ニーズとR&Dテーマが乖離しないための注意点を示していこうと思います。
市場ニーズにこたえるR&Dテーマをうむための10のステップ
市場ニーズにこたえるR&Dテーマをうむためのプロセスを大枠で整理すると、以下のような10のステップに分解できます。
①ビジョン(実現したい社会)の認識合わせ
R&Dテーマを前に進めるためには、研究開発部門だけでなく、多くのステークホルダー(自社の他部門、投資責任者、事業部門、外部の共同開発パートナーなど)を巻き込む必要があります。そのためには、まず実現したい社会像を具体化し共有できる準備が必要になります。また自社で経営ビジョンやパーパスが策定されている場合は、それらと整合性を説明できることが資源獲得につながりやすいと思われます。
②解決したい課題の整理
実現したいビジョンと現状のギャップを課題として整理します。何を解決したらビジョンが実現できるのか、自社の技術は一旦忘れて発想を広げ、なるべく多くの課題を抽出しグルーピングや課題同士の関係性を構造化していきます。
③自社の要素技術の棚卸と提供価値の構造化
課題の整理と並行して自社の要素技術を棚卸し、それらの技術によって提供できる価値(どんな課題を解決できるのか)は何かを整理します。
④課題と技術の関係性の整理
②で整理した課題と③で整理した技術の提供価値の紐づきを整理します。紐づきが多い課題が自社にとってこれまでの技術蓄積が活かせる有望度の高い市場課題の候補になるでしょう。逆に紐づきが少ない課題は、現状では自社だけで解決が難しいと評価できます。
⑤課題の市場性評価
④の結果から、検討優先度を決め、優先度の高い課題に対して、「課題を感じている人はどれぐらいいるのか?課題解決にどの程度の費用を払う可能性があるのか?」を推定し、おおよその市場規模を算出して比較します。
⑥自社技術の課題解決能力評価
④と⑤の結果から、市場性のありそうな課題に対して、自社の技術でどこまで解決できそうか、自社にとっての技術課題の解決の難易度を評価します。
⑦他社に対する技術優位性評価
⑥と並行して、自社技術の競合となる技術についてベンチマークし、競合技術の開発の進展度や技術優位性を複数軸で自社と比較します。自社の技術優位性があり、かつ、市場性が確認できる技術課題が「市場ニーズにこたえるR&Dテーマの候補」になります。
⑧外部連携戦略策定
⑥の結果から、自社の技術だけでは解決できない課題に対して外部技術の取り込みによって解決が可能か検討します。⑦の結果、他社のほうが優位な技術を活用することで課題解決を加速できないか検討します。
⑨R&Dテーマの具体化とロードマップ策定
⑦、⑧の結果にもとづき、R&Dテーマとして研究開発の範囲を定め、研究開発の目標を具体的なタイミングとともに設定し、目標達成のためのアプローチ、体制、スケジュールを設計します。技術的な開発内容だけでなく、①で認識合わせをしたビジョン実現までのつながりをストーリーとして表現できると良いでしょう。
⑩投資対効果の算定と評価
⑨の内容にもとづき必要な経費を概算し、事業化した際に⑤で推定した市場規模のうちどれぐらいのシェアが獲得可能かも仮説をおいて計算した上で投資対効果を見積もります。自社の投資基準照らして問題ないか確認しましょう。
5つの活動チェックリスト
ここまで10のステップを紹介しましたが、これらを形式的に進めたとしても意味はありません。時間と労力をかけたにもかかわらず「自社で見慣れた“いつもの”研究開発テーマ」に収束してしまったり、「投資承認がなかなか得られない研究開発テーマ」が量産されてしまったり、なかなか思うように進まないことが往々にして起こり得ます。こうした事態を防ぐためには、次のチェック項目を確認しながら進めると良いでしょう。
A. 収束と発散を繰り返せているか
上記の活動は複数人で行い、必要に応じて普段の開発メンバー以外の目もいれて発散を促します。一方で、評価軸を明確したうえで優先度付けし、詳細化するテーマを絞り込みます。(全てを網羅的に実施すると時間と労力がかかりすぎる)
B. スピード重視、アジャイルに進められているか
記載の粒度や正確性は、後工程で具体化を進めるなかで修正可能なので、時間をかけすぎずにステップを進めます。後述するように、市場は常に変化するからです。
C. なぜ自社で取り組むべきなのか?を問い続けられているか
最終的にこの問いに答えられないと投資承認を得ることは難しいでしょう。
D. 顧客の声を直接聞けているか
考えるよりも直接顧客に聞くほうが早いし、確実です。市場ニーズの存在は顧客との直接のやりとりから確認すべきです。
E. 研究開発テーマの全体ポートフォリオを意識できているか
研究開発テーマ全体のなかで重複しているテーマはないか、確実性の高いテーマと新規性の高いテーマのバランスはどうなっているか。特に多数の研究開発領域を取り扱う大手企業における研究開発テーマ創出においては重要な視点となります。
テーマ開始後に市場ニーズとの乖離をふせぐための方法
10のステップを5つのチェックリストに注意しながら進めて、市場ニーズにこたえる研究開発テーマがうまれたとしても安心はできません。市場ニーズは時間とともに常に変化していくからです。
よって、研究開発テーマを立案した際に整理した市場性や技術の優位性に変化はないか定期的に確認し、当初想定した研究開発テーマの目的や投資対効果が達成できそうかを評価する必要があります。たとえ「産みの苦しみ」を経て育てた研究開発テーマであっても、当初の前提が変わり目的が達成困難であるならば、テーマを止めて外部への切り出しを検討したり、別の方向性のテーマをうみだす努力をしたりするなど「継続的に市場適応」できるかが、高速に変化する市場ニーズにこたえるR&Dテーマを産むためには重要な姿勢といえます。
最後に
スタートアップの失敗理由ランキングのトップが「市場ニーズがなかった」が挙げられるというのはスタートアップ界隈では有名な話ですが、この話からも市場ニーズをとらえるのは人が思うよりもずっと難しいことが想像できます。素晴らしい研究アイデアや技術を保有していればいるほど、アイデア・技術起点の研究開発テーマを策定し、結果的に「市場ニーズがなかった」状態に陥るリスクも高いでしょう。
本稿が「この実験結果は凄い」という情熱をもちつつも、冷静に市場性や技術優位性を判断して「市場ニーズにこたえる研究開発テーマ」として仕立て上げていく一助となることを願っています。
一般社団法人 新技術応用推進基盤 客員顧問
國井 宇雄
外資IT企業、経営コンサルティングファームにて、主に素材メーカー向けに製造・R&D領域のコンサルティングを多数実施。その後、技術マッチングを支援するスタートアップで幅広い製造業の事業開発部門、研究開発部門のオープンイノベーション活動を支援している。
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