目標とはなにか:人工知能プロジェクトで必要な目標設定
AIプロジェクトの牽引者には、目標を定め、チームをそのと到達点へつれていくことが期待されます。
これはチームリーダーやマネージャーはもちろんのこと、プランナーやコンサルタントにも求められるスキルです。
企画や戦略の段階で目標が曖昧であれば、どんなに実行力が高いチームでも計画は座礁してしまうからです。
ここでは、人工知能プロジェクトにおける目標をどのようにとらえるべきか紹介します。
※以降の文章は当団体の書籍『AIを活用する技術を学ぶ』本文より、一部を抜粋・編集したものになります。
目次
目標とはなにか
あるプロジェクトが立ち上がるとき、まずリーダーやマネージャーが考えるべきは、このプロジェクトの目標をどこに置くかということです。
目標がなければ、そもそもチームは何をすればいいかさえわからず迷子になってしまいます。何をもって成功とし、そこにどう到達するのかイメージできる目標を立てることからプロジェクトはスタートします。
人工知能プロジェクトマネージャー試験の分野Aでは、プロジェクトの目標設定をする力について問うています。マネージャーが目標を設定するときに何を考えて・どんな手法で目標を作り上げていくかを理解し、また誤った目標を設定してしまうことは、どのような罠に陥る可能性が高くなってしまうのかを通して、目標設定のポイントを掴んでいきましょう。
著名な経営コンサルタントである齋藤嘉則氏は、その著書である『問題発見プロフェッショナル[構想力と分析力](ダイヤモンド社, 2001)』の中で、目標とは「現状とあるべき姿のギャップである」と定義しています。
ゴールとなるあるべき姿を曖昧にしていては、チームは確信をもって前進できませんし、発射台となる現状を知らねば検討を積み上げることができません。汎用的な定義として正しい定義と思います。
AIプロジェクトでも、こうした一般的な定義に応じた目標設定は必要です。メンバーが納得できる「意味のあるゴール」と、「正しい現状把握」がなければ、プロジェクトは確実に遭難してしまいます。
ただしAIプロジェクトでは、「プロトタイピングしながら試行錯誤し、適切なモデルを作り出す」という特性上、現実問題として最初に設計できる「ゴール」と結果的に到達できた「ゴール」は異なってきます。あるべき姿の意義や意味合いを損なわない範囲で、技術的に試行錯誤してプロジェクト中に着地点を探索していく力が求められることになります。
そのため一般的な業務改善やシステム開発プロジェクト以上に、あるべき姿や現状を解像度高く設定しておかないと、検討の中で迷子となってしまうリスクも高くなってしまいます。
また、あるべき姿に到達する方法が最初に設定できない(試行錯誤する)という事は、裏返すとどんなやり方でゴールに近づくのか自由度が高すぎるとも言え、あるべき姿が示されるだけではそこに至る道筋はチームにとって自明にはならないということです。そのため目標設定の段階で、仮説としてどのような方法で進めれば良さそうか見通しがないと、いざプロジェクトがスタートしても身動きできない状態になります。
上記を考えると、AIプロジェクトのマネージャーとして行うべき目標設定は、現状とあるべき姿を解像度高く理解することに加え、そのギャップから想定できる(技術的な)ハードルとそれを乗り越えられるだろう方法(仮説)まで考えておかねばならないということになるでしょう。
「やり方はいくつか考えられ、それぞれこんな課題がありそうだが、状況に応じてこれを採用 / 工夫すれば乗り越えられるだろう」という仮説を、企画の段階でマネージャーの頭の中でしっかり想像できるようにしておく必要があるということです。
つまり、AIプロジェクトにおける目標とは、「あるべき姿(目的)」と「現状」、その差分から出てくる「解決すべき課題」、そして「その課題を解決する手段の仮説」の4つがセットとなって成り立っていると言えるでしょう。
目標とはスローガンではなく、具体的で論理の通ったプロジェクトの筋道
このように考えると、目標とはスローガンやうたい文句の類では決してないことがわかると思います。具体化されていない目標も、できもしないような目標も、どちらも意味がありません。
チームメンバーが同じ方向をむくためにも、技術的なハードルを想定するためにも、解釈の余地を残すような曖昧な言葉や荒い粒度の言葉では「目標」の役割は果たせません。
しかし「できないマネージャー」ほど、目標を「当たり障りのないスローガン」に留め、実質的に何も言っていない言葉で終わらせがちなように思います。
このような何がしたいかを十分に議論されていない目標を設定してしまうと、完成したとしても「そもそも不要な機能だった」などという事態になることも珍しくありません。またいざプロジェクトが課題にぶつかったときに立ち返るべきポイントが不明になってしまい、その場しのぎの対応を繰り返して「骨抜き」な結果となるリスクも高まります。
目標とはスローガン的なものではなく、具体的で論理の通ったプロジェクトの筋道です。チームメンバー全員が、向かう先とそこに到達するまでの道筋をイメージできるものでなければなりません。
そのために必要十分な量の言葉と文章で表現することを意識しましょう。「スローガン」のように、一単語や四字熟語のようなものにする必要はありませんし、無用に話を抽象化する必要もありません。一方で、目標を理解するに不必要な手段の細部までを書ききる必要もありません。あくまで「筋道」を「具体的に記載する」ことが目標の記載に重要です。
例をとって考えてみましょう。あるEC企業が新しく自社サイトの商品リコメンド方法を考えているとします。ここにデータドリブンな仕組みを入れたい、AIを採用したいとしてプロジェクトが発足した場合、目標をどのように定義すればよいでしょうか?
実は筆者の経験では、現場で一番ありがちな「いけてない目標」とは、「目標はリコメンド表示モデルを作ることです」というものだったりします。そんな馬鹿なと思うかもしれませんが、こうした実質何も語っていない目標は現場で横行しているように思います。
とくにマネージャーが既存システムに対する問題意識を理解していなかったり、そもそも商品のリコメンド表示というものがこのEC企業にどんなビジネスインパクトを与えているのか知らなかったり、あるいは自らの業務所掌を不適切に小さくして「言われた通り作ること」が僕の役割と勘違いをしてしまったりすると、本当にこうした目標が設定されてしまいます。説明するまでもなく、この目標粒度は適切ではありません。
ではもう少しつっこんで「商品のリコメンド表示モデルによって前年比130%の売上を達成すること」と設定するのはどうでしょうか?
目標をビジネス的な価値で設定するのはとても良いのですが、やはりこれでもまだ粒度としては不適切なように思います。
プロジェクトの性質上、売上を伸ばしたいことは自明ですし、130%という数値も、なぜ130%なのか、それはなぜAIによるリコメンデーション表示で達成すべき数字なのか、具体的にどうしたらいいのか不明です。
これでは向かう先も漠然としているうえに、そこに至る道筋がまったくイメージできず、結果的には「とにかくみんなで頑張ろう」というスローガンの領域をでていないことになってしまうでしょう。
AIマネージャーが目標を作るときの思考経路
上記例での目標設定としては、例えば次のような思考経路を文章にするとよいのではないでしょうか。
「うちのECサイトは同業他社に比べてまとめ買いなどが少なくなってしまっており、同じような価格帯の製品を扱っているのに顧客単価が低めだ。まとめ買いの促進に重要な関連商品やおすすめ商品のリコメンド表示は、いまは担当者が手動で表示する製品を選択している。リコメンド表示した製品の売れ方にはXX~XXの振れ幅があるが、なかでも下位20%の製品群は特徴的に効率が悪い表示となっている。
商品特性や顧客動線を見ても下位20%とそれ以外の製品群に違いがあるように見えないし、違いがあるのはリコメンドの適切性だけと考えられそうだ。この下位20%の製品群について、平均並みに効率性が上がれば前年比130%の売上増となり、ここ5年ほど各種施策にもかかわらず売上横ばいとなっている当社にとって、これは企業全体の経営にとっても十分に意義ある上げ幅だ。しかも、顧客満足度は上がりこそすれ、リスクのあるものでもない。
現状、担当者は全製品で同じロジックでリコメンド表示する製品を登録しているだけで、そこを製品毎に調整はしていない。しかし、成果の上がっている製品とそうでないものは購買層の年齢・性別・地域がまったく異なる製品であり、おそらくこうした背景から、同じロジックでリコメンド商品を表示しても顧客に刺さる場合と刺さらない場合が発生していたのではないか。
購買時の顧客データは過去10年にわたって蓄積し続けているし、基本的にゲスト購入のような情報を入れない購買は認めていないから、顧客情報はある。また、当該商品は毎月数百件以上売れる商品だし、季節性などでデータがばらついてしまう製品でもない。つまり、傾向を掴むだけのデータ数はありそうだ。
リコメンドがうまくいっている製品とそうでない製品では購買層が明らかに違いそうなことから、比較的シンプルな決定木系のロジックで場合分けできるのではないか。ログイン情報から顧客属性を把握して顧客毎に異なるリコメンド表示することも可能なため、パーソナライズ化したリコメンド表示もシステム的に十分実現可能である。
したがって、このAIリコメンド表示システムは意義ある取り組みと言え、現状から考えて実現性もある取り組みと言えそうだ。」
この思考には、「出発地点となる現在地」と「辿り着けそうな目指すべき場所」、そして「両者のギャップと、ギャップが生じている理由≒課題」、「どうすれば解決できそうかの仮説」がすべて含まれています。
この4つすべてが含まれて初めて、チームメンバーは「向かう先とそこに至る道筋」をイメージすることができるようになります。
公式テキスト『AIを活用する技術を学ぶ』を使って、目標設定を理解しよう
公式テキスト 分野A内では、上記に紹介した目標設定の考え方から始まり、正しい目標を立てるに役立つ基本的な哲学から、設定の手順、ありがちな失敗例なども解説しています。
ぜひこちらも活用して「AIプロジェクトの目標とは」の理解を深めてみてください。
一般社団法人 新技術応用推進基盤 理事
谷村 勇平
「人工知能プロジェクトマネージャー試験」
公式テキスト
- 分野別要点整理 【理解度チェック問題付き】 -
著者:谷村 勇平(新技術応用推進基盤 理事)
発売日:2023年12月22日(金)
販売価格:全分野収録版:2,980円(税込価格3,278円)
ページ数:A5版 330ページ
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