孫正義の危機感-日本のAI技術は決定的に遅れている
AIに真剣に向き合うほど、日本の遅れに危機感を持つ
2021年3月29日放送のテレビ東京「WBS(ワールドビジネスサテライト)」に生出演したソフトバンクグループの孫正義会長は人工知能(AI)について語り、「決定的に遅れている」と語りました。
孫会長の発言は、筆者の日本のAI技術導入状況に対する認識とまったく同じものです。特に下記の発言には強く共感するものがあります。
こんなに遅れてるのにAI限界説なんてのを偉そうに言う人がいるんですよね。もう、大概にせえ!と言いたいんですね。そんな偉そうなこと言うより、いまは日本は遅れてるんだ。AIは決定的に遅れている
2021年3月29日放送 テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」中の発言より
2010年代の第三次AIブームに乗って、日本ではAIに対する"バブル景気"が起きたことは事実です。筆者もまた、1人のAIエンジニア・AI導入コンサルタントとしてこのバブル時代と共にキャリアを歩みました。
そのバブルの中で感じたことは、日本のビジネスマンの技術理解に対する極めて退廃的かつ臆病なスタンスです。第三次AIブームは、特にヒートアップしていた期間だけでも5年程は続いていたと思いますが、5年もの時間があったにもかかわらず、いまだ日本の多くの経営者・ビジネスマンはAIについてほとんど理解できていないのが実情ではないでしょうか。
信じられないことですが、いまだにAIの基本的な用語や構築手順、どのような仕組みで動くものかさえ理解していない「AIを用いたDX担当の管理職」が存在するのです。彼らは5年以上の歳月を、ただ眠っていたのでしょうか。
こうしたあり得ないことが現実に起きているのは、技術を学ぶことに対する極めて臆病なスタンスが日本企業に浸透しているからのように感じます。大企業の企画部門ではとりわけ顕著にこの状況が発生しています。
そもそも、AIをビジネスに使いたいなら、AIについて知らねばならないのは当然です。それは営業も企画も例外ではありませんし、むしろ企画部門の人間は、研究開発担当の次に技術に詳しくなければならないはずです。
スティーブ・ジョブスは世界No.1のプログラマではなかったかもしれませんが、プログラムがわからない人ではありませんでした。松下幸之助は電球ソケットを開発し、本田宗一郎はたたき上げの技術者でした。コンセプトを創る者が、その中身の技術をまるで理解していないなどということはあり得ないのです。
技術理解のできないビジネスマンがイニシアチヴをとろうとするほど、日本のAIは後退する
理解の浅い企画部門がリードをとったAIプロジェクトが、きちんとビジネスインパクトを生み出した例を筆者はほとんど知りません。むしろたいていのプロジェクトは、実施前からほぼ失敗が宿命づけられています。これは技術的に無理筋ということもそうですし、根本的に要件と方策が合っていないこともあります。
また技術者は技術者で、自らの責任範囲にないビジネスのことにはあまり関心を示さずに、「どうせ言ってもわからないから」という諦観の念でお仕事を進めてしまい、貴重な資金と時間を無駄にしています。
このようなことを続ける限り、日本のAI業界が進歩することはないでしょう。そして冒頭の孫会長の発言のように、「決定的に遅れている」事態に既に陥っています。さらにはこんなことを繰り返すうちに、「AIはやっぱり駄目なんだ」という謎のAI限界説を唱える人間さえ現れました。
駄目なのはAIではなく、AIについて素人の自分なわけですが、自分の無学習を棚に上げて、AIそのものに責任を求めるビジネスマンは多いのです。実際、AI限界説を唱える人間ほど、実はAIについて全く理解していないケースが多々あるように思います。
孫会長の発言とほぼ時を同じくした3月31日、アメリカではバイデン大統領が今後8年で2兆ドル(約220兆円)のインフラ投資計画を議会に提案しました。この投資計画のうち、1,800億ドル(約20兆円)が人工知能などの研究開発投資です。本当に「AIが限界」ならば、なぜアメリカはこれほど巨額の投資を決定したのでしょうか?
2000年前後のITバブル時代と状況は類似しています。
重要なのはコンセプトを創り出す力。コンセプト創りは技術を知りて1歩目
日本の「決定的に遅れている」AIが挽回を期すには、人材の正しい育成を避けて通ることはできません。そしてそれは5年後・10年後に育てばよいという話ではなく、明日にも必要とされる人材であります。
AI人材を育成していくには、まず上記にあるような技術理解に対する臆病なスタンスを改善することが必須です。このようなスタンスの人間がチームに存在する限り、投資効率は上がりません。
そもそも仕事において何かをしなければならない時、「わからないからやらない」ということはあり得ません。わからないなら、わかるまで調べるなり人に聞くなり、わからないなりに工夫して仕事を実行するのが当然です。実際、多くの仕事はそのように成り立っていますし、もし「僕はわからないから、自分の仕事だけどやりません」という姿勢の会社員がいたら、上司から注意を受けたり、同僚から疎んじられる結果となるでしょう。これは営業でも企画でも、どんな仕事でもそうだと思います。
にもかかわらず、これが「技術」のことになると、なぜか突然に「わからなくても仕方がない」と許容されがちなのが不思議なところです。文系ビジネスマンは技術のことはわからなくても仕方がないので、中身をよくわからないまま企画を進めるという信じられないことがごく自然に起きています。こうした生産性の低いことは、もうやめにすべきでしょう。
人工知能(AI)は理学ではなく工学であり、間違いなく実学です。福沢諭吉が「学問ノススメ」で語るように、実学は学び、実践することで富を生み出します。「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」ですが、ひとたび地上に生まれ落ちたなら、実学を学び、実践できたかによった支配層と被支配層が分断されるということが150年近く前には指摘されているわけです。
難しいからと言って、実学をわからないまま放置し、小手先のイメージ論でビジネスを語ろうとする人や企業が、果たして富を生むことができるでしょうか。
「日本のAIは決定的に遅れている」という現状認識を基に、ぜひAIの学びを本気で進める企業や社会を応援します。
それではまた。