BLOG 研究員ブログ詳細

2026年06月08日 技術情報

化学DXで業績改善を成功させる視点、AIの進歩と次の10年の進め方 【後編】

本記事は、前編「化学DXの現在地とは?この10年の進展と今起こっている変化 【前編】」の続編です。前編では、化学業界がこの10年でDXの各領域に取り組みながらも進歩には濃淡があり、いま業界外の変化が過去の取り組みの延長線上の議論を揺さぶり始めている現状を整理しました。

 

その「業界外の変化」の中でも、とくに化学DXの進め方に直接かかわるのがAIの急速な進歩です。この10年、化学品メーカーはDX人材の育成やデータ基盤の整備、ツールの開発と導入に力を注いできました。ところが生成AIに代表される進歩によって、その努力の前提そのものが問い直されつつあります。

 

後編では、この蓄積をなぜ問い直すのか、AIとともに進める化学DXで人間は何を担うのか、これからの化学DXをどう進めるべきか。三つの問いを順にたどります。

目次

この10年の化学DXを、なぜ問い直さなければならないのか

前編で見たとおり、化学業界はこの10年でDXに多くの労力を投じてきました。ではなぜ今、その蓄積を問い直す必要があるのでしょうか。前提が古くなったこと、このままでは次の競争力につながりにくいこと、化学の外側の技術を踏まえてR&Dシナリオを描き直す必要があること。この三つに分けてたどります。

 

この10年の努力の前提が、古くなってきた

化学DXは、自社のなかでデータを整え、モデルを設計し、知見を積み上げる努力の延長にありました。ところが近年、その土台にある考え方が古びつつあります。

変化は三つの方向で起きています。一つ目は、外部のサービスを組み合わせて使う発想が、AIが業務システム自体を生成できるようになったことで揺らいでいることです。

二つ目は、プログラミングの進め方が、AIの支援を前提とするものへと様変わりしたこと。一例としてマテリアルズインフォマティクスを挙げると、以前はPythonの習得が前提となり、またデータの欠損やブレを補う前処理やぱらめーてフィッティングを行うには相応のデータサイエンスの知見が必要でしたが、今ではそういった作業の多くでAI側のサポートを得ることができつつあります。

三つ目は、データをあらかじめ蓄えておくという基盤の設計思想が、必要な情報をそのつど引き出す技術の登場で問い直されていることです。

PwCコンサルティングが2024年に公表した生成AIの実態調査でも、企業が使うAIの比重が汎用的なものから自社の文書を参照するものへ移ってきたという傾向が出ていました。

ただし、この10年の努力が無駄だったわけではありません。マテリアルズインフォマティクスをはじめとする取り組みは一定の成果を生んでいます。問題は成果の有無ではなく、土台の思想が古びはじめたことにあります。真面目にDXへ取り組んだ化学品メーカーほど、この事実を見つめ直す意味があるのではないでしょうか。

このままでは、次の10年の競争力につながらない

前提が古くなった事実は、化学産業に重い問いを投げかけます。過去10年と同じ方向でDXを進めて、次の10年に成果を出せるのか?という問いです。

むしろ事態は逆に動くかもしれません。蓄積を持たない新興企業のほうが、しがらみがないぶん最新のAIを前提とした仕組みを取り入れやすいからです。長く投資してきた化学品メーカーの努力が次の競争力につながるとは限りません。

世界経済フォーラムが2024年のダボス会議でまとめた議論にも、人はAIにではなく、AIを使いこなす相手に仕事を奪われるという指摘があります。蓄積の多寡より、新しい前提をどれだけ早く使いこなせるかが重要となる。これは大手企業ほど見過ごせない論点です。

一方、DX投資に後れを取ってきた中堅以下の化学品メーカーには、巻き返しの好機でもあります。過去の蓄積に縛られないぶん、最新の前提から設計できるからです。立場によって意味は異なりますが、過去の延長線上で考える危うさを直視しないままでは次の10年は語れません。化学DXの進め方は、いま問い直されるべき局面にあります。

 

化学の外側の技術を踏まえて、R&Dシナリオを描き直す

では、化学品メーカーはどう向き合えばよいのでしょうか。鍵は、R&Dシナリオを描くときの視野の広さです。

これまで化学品メーカーは、化学分野の技術動向を見ながらシナリオを描いてきました。けれども、ここまで見てきたように、化学の外側の技術革新が研究開発の進め方そのものを左右する時代に入っています。

科学技術振興機構が2025年にまとめた材料研究の自動自律化に関する報告書は、今後5年ほどでデータベースとシミュレーションと自動実験が統合され、AIが探索範囲や条件の計画立案までを担うとの見通しを示しました。神戸大学や理化学研究所からも、AIが実験データの解析から仮説の立案、試薬管理やエラー対応といった運用面までを担う段階に踏み込んだとの成果が報告されています。

こうした見通しを織り込むかどうかで、足元の判断は変わります。数年後にAIがどこまで実験設計や解析を担えるのか。その読みで、今どの研究テーマに人と予算を割くべきかが違ってきます。外側の技術を織り込まずに描いたシナリオは、数年で前提が崩れかねません。

化学の専門性と外部の技術、両方を見渡してR&Dシナリオを描けるかどうかが、次の競争力を分けます。

AIとともに進める化学DXで、人間は何を担うのか

ここまでは、AIの進歩が化学DXの前提をどう揺さぶっているかを見てきました。外側まで見渡す視野を持つのは、結局のところ人間です。AIが化学DXの広い範囲を担う時代に、人間は何を担うのか。はじめにお伝えしておくと、ここでは「AIが人の仕事を奪うのか」、「AIと人のどちらが優れているのか」といった対立的な議論には踏み込みません。AIと人がともに、高度で質の高い仕事を進める道を考えます。

 

長期を見据えて、将来をデザインする力

役割を考える前に、避けて通れない危機感に触れます。

「AIが人の上位に立つ場面」は、もはや想像の話ではなくなりつつあります。例えば、多くの企業ではR&Dの管理方法としてステージゲート法を採用していると思いますが、ステージゲートの評価こそAIが行った方が公平・公正にできるのではと感じたことはありませんか?人がやるから、好みや人間関係が判断に影響しますし、物理的に時間を確保できないから細かい内容のすべてを把握できず、短いプレゼンだけで判断せざるを得ません。AIであれば、このような制約を受けることはないでしょう。ですがそれは、「人がやった仕事をAIが評価する」という構図が生まれることにほかならないのです。

 

こうした危機感がすでに目の前にあるからこそ、人間がどの役割を担うのかを意識して定める必要があります。2026年の時点で中心に置きたいことの一つは、長期を見据えて化学産業の進む方向を構想する役割です。

AIは過去のデータから最適な答えを導くこと、小さい改善を効率よく行うことに長けています。けれども、5年後10年後の化学産業がどうあるべきかを描こうとすると、なんだか斬新さに欠けてしまいます。誰も答えを持たない未来像を思い描き、そこから逆算して今の取り組みを位置づける。この中長期的なデザイン力こそ、人間に期待される役割の一つでしょう。

処理の速さや正確さでAIと張り合うのではなく、何のために、どこへ向かうかを決める。そこにAIとの協働における人間の価値があるのではないでしょうか。

 

人間の価値を問い続ける力

ここまでの役割は、あくまで2026年現在の答えにすぎません。AIの進歩は速く、いま人間の領域とされる仕事も数年後には変わっている可能性があります。

経済産業省が2024年にまとめた生成AI時代の人材とスキルに関する考え方でも、自動化が進むほど人の役割はより創造的な領域へ移り、同時に業務を通じて経験を積む機会が失われる課題が生じると指摘されています。

正直に言えば、人間の価値がどこに残るのかを、現時点で誰も最終的には定義できません。大切なのは、ひとつの答えに決め打ちせず、技術の進歩を見ながら、今この時点で人間は何をすべきかを問い続けることです。

2030年、2035年と進むなかで、人間が力を発揮できる場所は移り変わるはずです。その変化に合わせて自らの役割を更新していける人材こそ、これからの化学産業に求められます。役割を変化に応じて常に問い続ける姿勢こそ、AIの時代に手放してはならないものです。

これからの化学DXを、どう進めるべきか

人間の役割が長期を見据えて構想し、問い続けることにあるとすれば、次なる疑問はその役割をどう果たすかになります。ここからは、これからの化学DXをどう進めるべきかという実践に話を移します。自社だけでは進めきれない現実から出発し、外部の知見をどう活かして判断の軸を持つか、その担い手としてどう成長していくか。これらを順にたどります。

 

DXは、自社だけで進めきれない

前章で見たように、AIの時代に価値を発揮し続けるには問い続ける姿勢が欠かせません。けれども、それを自社の内側だけで実行するには限界があります。

第一に、技術が変わる速さです。AIやDXの進歩は速く、社内の人材育成だけでは追いつくのが難しくなっています。情報処理推進機構が2024年にまとめたDX動向調査でも、DXを推進する人材が大幅に不足していると答えた企業が6割を超えました。外部の最先端を知る人材と手を組んで進めることも、現実的な選択肢になるでしょう。

第二に、より根の深い問題があります。化学の専門分野と自社の人材だけで先々の戦略や事業テーマを考えるのは、業界の常識や過去の成功体験に縛られ、外側の変化を取り込めないまま方向を決めかねない危うさがあります。前章で触れた、化学の外側の技術を踏まえてR&Dシナリオを描き直す課題も、内向きの視野では応えきれません。

第三に、人間の価値とは何かという問いも、内側だけでは深まりにくいものです。経営の哲学やビジョンをめぐる思索は、外部の視座や立場の異なる相手との対話で鍛えられるのではないでしょうか。

 

外部の知見を活かし、自社に判断の軸を持つ

化学産業は伝統的に内製志向の強い業界ではありますが、現実的にいって、外部の最先端の知見を活かす進め方はさらに必要になるでしょう。ただし、これはベンダーに任せきりということを指しているのではありません。取り組みが何であれベンダー丸投げの姿勢では絶対にうまくいきません。自社の事情を踏まえない仕組みは現場になじまず、形だけのDXに終わります。外部の知見を活かすことは、丸投げすることではないのです。

 

本当に外部の知見を活かすには、相手の提案を見極め、対等に渡り合える判断の軸が必要です。受け取った提案内容を理解し、自社にとって何が是で何が非か。それを判断できる人材が社内にいなければ、連携しているつもりが外部任せに陥ってしまいます。

経済産業省が2025年に示した中堅中小企業向けのDX推進の手引きにも、外部のパートナーと対話しながら自社のビジョンを固めた企業の例が紹介されています。両方の力がそろってはじめて、外部との連携は化学DXを前へ進める力になるでしょう。

 

DXを担うリーダーへと、自ら成長する

外部の知見を活かすには、自社のDXの方向を定め、外部と組んで進めるリーダーが必要です。では、そのリーダーとはどのような人物を指すのでしょうか。

経営のトップだけを指すわけではありません。化学産業のDXを実際に前へ動かすのは、研究開発や事業開発の現場で、自らDXの方向性を考え、外部と組んで手を動かすそれぞれの社員でもあります。いつか誰かがリーダーになるのを待つのではなく、この記事を読んでいるあなた自身がそのリーダーへ育っていく。それが、これからの化学産業におけるDX推進に求められています。

リーダーに必要なのは、個々のツールに対する知識だけではありません。AIとDXの全体像をつかみ、外部の提案を吟味し、自社にとっての是非を判断する力ではないでしょうか。こうした力を習得するには、実務だけでは断片的にしか身につかず、体系立てて学べる場が必要です。

 

新技術応用推進基盤は、化学と素材の業界に向けて、AIとDXに関わる領域を体系的に学べる法人研修を提供してきました。基礎の理解からデータ活用、生成AIの業務での使い方、外部と連携してプロジェクトを進めるマネジメントまで、DX人材の育成を支える内容です。

 

前編と後編で見てきた変化に応じて自社のDXをどのように進化させるか。その担い手として自ら成長する選択肢として活用いただければ幸いです。

AI・DXを用いた社内スペシャリストの育成研修はこちら

まとめ

この10年、化学品メーカーはDX推進に努力を重ねてきました。けれどもAIの急速な進歩によって、人材・基盤やツールの前提が古くなりつつあります。過去の延長線上で次の10年を進んでも、競争力につながるとは限りません。これからのR&Dシナリオは、化学の外側で進む技術革新まで見渡して描き直す必要があります。

 

AIが化学DXの広い範囲を担う時代に、人間に期待される役割の中心は、長期を見据えて進む方向を構想することです。ただし人間の価値がどこに残るかに最終的な答えはなく、問い続ける姿勢こそが大切になります。そして化学DXを進めるには、自社のなかだけで方向性を描くのではなく、外部の知見を活かし、自社に判断の軸を持つこと。その担い手となるリーダーは、ほかの誰かではなく現場の一人ひとりです。前編で示した業界外の変化に化学産業が応えていく鍵は、ここにあります。

※ 本記事は、当団体理事の見解/私見および当団体の調査内容を基に作成しております。

 

【参考文献】

生成AIに関する実態調査2024 春

出典元: PwCコンサルティング合同会社

URL: https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2024/assets/pdf/generative-ai-survey2024.pdf

 

Here's what 10 leaders said about AI at Davos 2024

出典元: World Economic Forum

URL: https://www.weforum.org/stories/2024/01/what-leaders-said-about-ai-at-davos-2024/

 

材料研究開発における自動自律化の現在と将来

出典元: 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

URL: https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2025/WR/CRDS-FY2025-WR-01.pdf

 

実験から仮説を自動立案する自律型実験システムの有用性を実証

出典元: 神戸大学

URL: https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/20250312-66529/

 

AIとロボットが実験の「裏方作業」もする未来

出典元: 国立研究開発法人理化学研究所

URL: https://www.riken.jp/press/2025/20250819_1/index.html

 

人工知能基本計画(令和7年12月23日 閣議決定)

出典元: 内閣府

URL: https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_plan/aiplan_20251223.pdf

 

ユーザー企業が主導するAI利活用促進に向けて

出典元: 株式会社日本総合研究所

URL: https://www.jri.co.jp/file/report/jrireview/pdf/10145.pdf

 

「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方2024」~変革のための生成AIへの向き合い方~

出典元: 経済産業省

URL: https://www.meti.go.jp/press/2024/06/20240628006/20240628006.html

 

DX動向2024

出典元: 独立行政法人情報処理推進機構

URL: https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/eid2eo0000002cs5-att/dx-trend-2024.pdf

 

生成AI時代における企業変革のカギ

出典元: 株式会社野村総合研究所

URL: https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/publication/chitekishisan/2024/05/cs20240502.pdf

 

中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025

出典元: 経済産業省 商務情報政策局

URL: https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-chukenchushotebiki/dx-chukenchushotebiki_2025.pdf

 

化学・素材業界向け 法人研修

出典元: 一般社団法人 新技術応用推進基盤

URL: https://newtech-ma.com/theme-based-training/

PROFILE
一般社団法人 新技術応用推進基盤

編集部

一般社団法人 新技術応用推進基盤では、企業の経営改革、新規事業の立ち上げ、人材育成、人工知能(AI)をはじめとするデジタル技術の活用などにお役立ていただける情報発信を行っております。
関連記事
  • 2026年6月8日

    技術情報

    化学DXで業績改善を成功させる視点、AIの進歩と次の10年の進め方 【後編】

  • 2026年5月29日

    技術情報

    化学DXの現在地とは?この10年の進展と今起こっている変化 【前編】

  • 2025年6月17日

    技術情報

    生成AIだけを使って、予測AIを作ってみた話

  • 2025年6月6日

    技術情報

    日本企業のビジネスで本当におすすめできる生成AIと使い方5選

  • 2024年1月5日

    技術情報

    アルゴリズムの仕組みと意味合いを理解する:相関系のアルゴリズム

  • 2023年12月21日

    技術情報

    Geminiとはなにか?メリットとデメリット、Chat-GPTとの違い

  • 2023年5月23日

    技術情報

    チャットGPTとは?メリットとデメリット、産業応用の可能性について

  • 2022年12月17日

    価値創造

    技術情報

    2023年のトレンドを読み解く3つのキーワード

  • 2022年11月7日

    技術情報

    データサイエンティストの最初の疑問「P値に関する疑問のあれこれ」

  • 2021年8月2日

    技術情報

    ヘルスケア産業に使われるアルゴリズムのトレンドとは?

  • 2021年5月25日

    技術情報

    いまさら解説する「教師あり学習」と「教師なし学習」の違い―それぞれの特徴と使い分けの勘所-

  • 2021年3月8日

    技術情報

    Goole Vision APIの精度とは?実際の利用方法を解説

  • 2019年10月20日

    技術情報

    【ニュース解説】因果推論 – 2019年ノーベル経済学賞の何がすごいのか? –