新規事業の立ち上げは何で決まる?成否を分ける実務の要素とは
新規事業の取り組みは、アイデアやテーマを生み出す創出の工程、アイデアを形にする開発の工程、そして事業として世に出す立ち上げ(事業化)の工程へと進みます。
創出と開発の工程はある程度少数のチームで進んでいきますが、立ち上げ工程になると一気に関係者の数が大きくなります。そうすると、誰がボールを持ち、何を引き継ぎ、上層部の判断をどう通すのかなど、組織としてのコミュニケーションも一気に複雑になり、実務の難易度も跳ね上がります。
とりわけ起きやすいのが、研究開発と事業部のあいだでテーマが宙に浮く「空白」です。本記事では、空白の正体、ハンドオフの設計、上層部への意思決定の通し方、組織として必要な能力の育成という順で、立ち上げを成功させる要素を整理して解説します。
目次
新規事業立ち上げで生まれる「空白」とは何か

新規事業の立ち上げで多くの組織がつまずくのは、研究開発から事業化へとテーマを引き継ぐ局面に生まれる「空白」です。これは特定の人や部署の怠慢ではなく、組織の構造そのものが生み出す現象だと捉えるべきものです。
空白は、テーマの送り手と受け手という2つの立場が存在することに起因して発生します。送り手=研究開発メンバーには、テーマが立ち上げフェーズへ進んでいくと、どこかで「自分の手を離れたな」と感じる段階が訪れます。研究開発ステージゲートで区切られたステージを進み、やっと卒業となると、ステージゲートをクリアしたその先は自分の管轄ではないという認識が働きやすくなるのです。
一方の事業部にとっては、ステージゲートを卒業したばかりのテーマは、「まだ動き出してさえいないテーマ」という認識です。既存事業で忙しい中で動けていないテーマは自分ごとになりにくく、勝手に進めてよいものかも判断がつきません。実際、「こんな状態で雑に渡されても知らないよ」「もう少しちゃんと事業として動くまで新規事業開発部門が責任持ってやってよ」と放置されることも多いでしょう。
結果、研究所から事業部へ引き継がれたはずのテーマは、どちらの手にも収まらず宙に浮きます。研究所は「やり切ったのに事業化できない事業部こそ問題だ」と感じ、事業部は「粗削りでまだまだ筋悪のテーマを押し付けてくるほうが無責任だ」と受けとめる。こうした感情的なすれ違いも空白の一因です。
空白を埋めるポイントは、現場から現場への引き継ぎ、すなわちハンドオフを設計し直すことが備えにあります。次章ではまず、送り手と受け手が同じ認識でテーマを引き継ぐためのハンドオフの設計から見ていきましょう。
新規事業のハンドオフをどう設計するか

新規事業が創出・開発のフェーズから立ち上げのフェーズへ移行する際に生まれる空白は、多くの場合で研究開発部から事業部へのハンドオフ設計を失敗することで生まれています。具体的にどのように設計するべきかについて解説します。
実態と齟齬のないストーリーを共有せよ
新規事業の立ち上げにおけるハンドオフのポイント1つ目は、まずテーマに紐づく「ストーリー」を送り手と受け手で共有することにあります。技術的な仕様だけでなく背景も含めて伝えることで、受け取った側がテーマを膨らませ、愛着を持つための材料とします。
しかしここで注意したいのは、「メリットだけを並べた、表向きのストーリー」だけを共有して機能不全に陥るケースが多いことです。そもそも、ネタを通すため、あるいは担当者の愛から、新規事業に関して社内で語るストーリーは「うまい話」ばかりになりがちです。ですが、それに実態が見合っていることはおそらく少ないでしょう。また、そうでなくとも製品には必ず制約が伴います。価格が変動しやすい、立ち上げ当初は量産が難しい、耐久年数が短いといった弱みは、研究開発の道中で見えてくるものでもあります。こうした不都合さを隠し、実態と乖離した表向きのストーリーを事業部に渡したとしても、看過されることはありませんし、あとに残るのは不信感だけです。
求められるのは、強みと弱み、制約をセットで伝える姿勢です。そのうえで意義を自分たちの言葉で伝え、制約を許容してくれる市場、あるいは制約をむしろ価値へと転化できる市場を、送り手と受け手が一緒に探していくことになります。この姿勢を伝える一歩目が、研究開発と事業部のあいだで本音を共有することになります。
ちなみに、現場の方の中には「どうせ上は細かい数値はわからないから、通すために資料の見栄えを良くして…」という態度をとっている方も散見されます。ですが当団体の経験から言うと、投資判断を預かる重責を負っている役員クラスの方が、そういう“なめた”態度に気づかないはずがありません。
「人材不足なので仕方なく通した」と「説明に胸が熱くなって通した」では決裁の意味がまるで違うのに、余裕のない担当者は前者を合格と誤解しがちです。骨太のストーリーを論理的に伝え、共感を得る姿勢を崩さないことが肝心です。
そもそも社内の議論で良いとこだけを語ることに意味はありませんし、送り手・受け手・上層部という三者が、同じ実態を踏まえたうえでひとつのストーリーを描くことが、新規事業の立ち上げを軌道に乗せるための基礎になるのです。
立ち上げ組織の人選を丁寧に選べ
ストーリーの共有と並んで立ち上げの初動を左右するのが、事業立ち上げ初期の組織における人選です。発足直後のチームは人数の母数が少ないため、足並みのそろわないメンバーがひとりいるだけで影響はチーム全体に及びます。
大事なポイントは、適切な人を適切な席に座らせることです。そしてどんな人が適切なのかは、前項で話したストーリーによっても異なります。このストーリーであるなら、誰が受け取れるのか、誰が共感できるのか、そして誰が膨らませられるのか、考える必要があります。椅子(立場)と性質がかみ合わない人を配置してしまうと初動から失速するため、性質に応じた見極めが必要です。
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ストーリーの性質 |
かみ合う人材タイプ |
かみ合わない例 |
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技術的に難しいものを苦労して形にした |
技術を理解し、価値を読み解いて売れる人 |
中身を解さず勢いで売る営業 |
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思いつきを素早く世に出す即効性が持ち味 |
軽快に動き、手早く市場へ届けられる人 |
じっくり考え抜いてから動くタイプ |
立ち上げ直後は、方向性をすりあわせる為だけにさほど時間も工数もかけていられないのが実情です。立ち上げでつまずく理由の多くは、能力ではなくストーリーと人材の噛み合わせが問題であることも多いため、人選は慎重に行いましょう。
論理的コミュニケーションへの敬意を育てよ
立ち上げフェーズに入ると、これまでの創出・開発フェーズよりも一ケタ投資の額が大きくなります。そして桁の大きな投資判断の場では、関係者それぞれの“思惑”がより強く前面に出てきます。創出・開発のフェーズはある意味まだまだ先が分からない中での動きですから、「まあとりあえずやってみたら?」とある意味無責任な応援もできます。しかし、これがいよいよ目の前に成果がちらつきだすと、たとえば出世への配慮や部署間の力関係、個人的な好悪といった論理以外の要因を排除することができなくなっていくのです。
これまでは、まだ海とも山とも知れない先の話なので、担当者の内心ではこうした思惑を抱えていたとしても、それを表に出さず議論する余裕があるでしょう。しかしこのタイミングでは、隠れていた思惑が一気に噴き出すともいえます。
このときポイントとなるのは、論理的なコミュニケーションを「良いこと、正しいこと」だとする価値観を、どれだけ組織の中で腹落ちできているかです。前提をそろえ、判断軸を共有し、思惑ではなく論理で詰めることを正しいとする価値観を組織全体で納得しており、論理的正しさではない要素で議論をかき乱すことは「かっこ悪いことだ」という価値観が共有されていると、議論は思惑に流されにくくなります。もしあなたが組織のリーダー層であれば、日ごろから意識して組織文化を育てておきたいものです。
新規事業の立ち上げに必要な能力を獲得するためには

新規事業の立ち上げを安定・継続して成功させていくためには、個人のカリスマに頼り切るのではなく、組織として必要な力を磨いていくことが欠かせません。立ち上げを担う組織が獲得すべき能力について解説します。
ロジカルシンキング力という土台をしっかり根付かせる
ハンドオフの設計でも、投資判断でも、大切なのは論理的なコミュニケーションが成立しているかどうかです。関係者が同じ土俵に立ち、共通した目的へ向けた議論ができてはじめて、新規事業の立ち上げも前へ進みます。
ところが、組織によってロジカルシンキングのレベルにはかなりばらつきがあるというのが当団体の実感です。論理より感情や人間関係が先に立つ場面もあれば、そもそも論理を駆使すべきだという価値観が共有されていない組織もあるでしょう。
ここで必要になるのは、次の二つを切り分けて捉える視点です。
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整えるもの |
内容 |
不足するとどうなるか |
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論理的思考の力 |
前提をそろえ、筋道を立てて議論を組み立てるスキル |
議論が深まらず、判断の根拠があいまいになる |
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論理を是とする価値観 |
思惑より論理で詰めることを正しいとする |
組織的な共通認識論理的に話せる人がいても、議論が人間関係に流される |
ロジカルシンキングの研修は、すぐ目に見えるスキルや知識が身につくわけではないことから、ときに遊びのように見られることもあります。しかし組織として論理を扱う力の差は、新規事業立ち上げのような込み入った意思決定の場面で確実に結果へ効いてきます。
論理を重んじる風土がなければ、ロジカルシンキングは業務のなかで自然には育ちません。意識して学び直す機会と、組織として価値観を整える取り組みが必要になります。
コミュニケーションデザインで意思決定者を動かす
論理の土台が整ったうえで磨きたいのが、コミュニケーションデザインです。これは関係者にストーリーをどう伝え、意思決定をどう動かすかを設計する力を指します。立ち上げでとりわけ重みを増すのが、他部署へ本音を伝えられるコミュニケーション、上層部の判断を引き出すコミュニケーションです。これは事実を並べるだけで伝わるものではなく、意思決定者の関心と判断軸に合わせた設計が必要です。
様々なコミュニケーションのなかでも、書類でストーリーをどう伝えるかは極めて重要です。現状、企業内のコミュニケーションはかなり資料ベースで行われることが多いからです。当団体の見る限り、たとえ「考えていることを全部しっかり伝えよう」と意気込んだとしても、資料コミュニケーションのスキル不足から、実際には考えていることの1割も書類に落とし込めていない担当者は多いものです。
当然ですが、資料を読んでいる相手は書かれていないことまで読み取ることは不可能ですから、担当者の検討努力が想定以下と評価されてしまう可能性もあります。非常にもったいないことです。
新技術応用推進基盤では、モノづくり業界の事業企画・経営企画に携わる方へ、論理的思考の土台づくりと社内向けコミュニケーションデザインを組み合わせた法人研修を提供しています。立ち上げを担う組織を動かす力を磨く場として、ぜひ活用してみてください。
まとめ
新規事業の立ち上げは、創出や開発と並んで実務の能力が問われるフェーズです。研究開発と事業部のあいだに生じる空白を埋めるには、実態に即したストーリーを両者で共有し、適切な人選で小組織を動かし、上層部の判断を論理的に通していく必要があります。
一連の流れを支えるのが、論理的思考の土台とコミュニケーションデザインの力です。立ち上げを成功させる組織は、必要な要素を個人の力量に委ねず、組織として育てる仕組みを備えています。まずは自社の立ち上げが、どの段階でつまずきやすいのかを見極めるところから始めてみてはいかがでしょうか。
※ 本記事は、当団体理事の見解/私見および当団体の調査内容を基に作成しております。